い微笑のみがあるだけであつた。
 けれども、電燈屋が怒つて、今度こそ電燈をとめてしまふといきまいたときには私は混乱した、電燈の灯は私の夜のいのちであつた。それがなければ死んでしまふ。私は懇願した、三日間、私自身が必ずその金をこしらへる、三日間。そしてともかくそれを承諾した電燈屋が立去つたとき、私は堪えかねた苦痛のためにその場へ倒れて暫くは我を失つてゐた。私は泣き、その涙が板の上に落ちてたまつてゐるのを見た。私は電燈屋を憎いとは思はなかつた。又、三日目には来てくれる、私はそれをなつかしんだ。
 然し、この話の結末ぐらゐ馬鹿げたものはないのである。
 借金の返事などゝいふものは必ず予期の日数よりも長くかゝつてくるものである。ところが葛巻の返事ばかりは私の予期し得る最も虫の良い時間とまつたく同時であつた。電報為替が鳥のやうに飛んできた。私は葛巻の返事がとゞいて、それを金に代へるために郵便局まで歩くことがいつたい出来るのだらうかと不安であつたが、為替がとゞくと、そんな不安は雲散霧消であつた。みる/\全身に元気みちわたり、私は為替を握つて外へでた。と、ものゝ十歩と歩かぬうちに、ヤア、坂口さん、一
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