めに悶死するかも知れない。高熱は闇と孤独に特別の恐怖を与へる作用があるに相違ない。私は夜になると幻覚を見つゞけてゐた。私の窓から伏見街道をはさんで正面に火薬庫があるのである。そこには銃剣をつけた兵隊は常にぐる/\歩いてゐた。私はそこへ忍びこむ、兵隊の銃剣に追ひつめられ、白刃が私の眼につきさしたとき悲鳴と共に火薬庫全体が爆発する、私は目がさめてホッとする、水が欲しい、だが何よりも人が恋しい、夜が明けて誰かきてくれ、夜が明けるだけでいゝ、窓の下を誰か人の通る跫音《あしおと》だけでもきこえて欲しい。そしてそのときまだ宵の八時頃にすぎないことが分るときの絶望、私はうと/\するたびに火薬庫の爆発の幻覚に苦しんだ。
さういふ私であつたから、借金取の訪れが人間の訪れであるといふだけで、恋人の訪れと同じやうに、なつかしかつた。まつたく、待ちこがれた恋人の訪れと変るところはなかつた。訪れのダミ声をきくと、私はいそ/\と、まつたくいそ/\と、苦痛を忘れて階段を降りはじめる、借金取の前に立つた私はまるで唄ふやうなたのしさで金を払ひ得ぬ言訳の言葉をのべる。私の顔には苦痛の翳もなく、親愛の、かすかな、なつかし
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