たまたま足を洗つて事務員となつた女だけが、こんなショーバイ肩身がせまいから、と云つたが、彼女だけが東京に家があり、家から稼ぎにでゝゐた、だからさういふ卑下した考へも出てくるわけで、他の住所のない家出娘のパンパンたちは卑屈なところや卑下するところはなかつた。彼女らは娼婦といふよりも、自然人で、娼婦的にヒネクレたり、荒んだり、ゆがめられてゐるところは殆どない。
 これに比べると娼婦宿の娼婦は、娼婦といふ別種の人間になつてゐる。公娼がなくなつて吉原といふオイランの型はなくなつても、娼婦の気質は同じこと、自然に娼婦的な特別なものとなる。
 病気になると吉原病院へ送られる。この医療費は、金の有る人は支払ひ、なければ払はなくともよい。すると、娼婦宿の娼婦は必ず支払ふさうだけれども、この街の令嬢方は、完全に誰一人支払つたのがないさうで、親分が、これも冗談に、
「ヤイ、てめえたち、吉原病院で一人として金を払つたためしのないのは、この土地のてめえらばかりださうぢやないか。握つてゐやがるくせに、病気を治してもらつたお金ぐらゐは払つてきやがれ、大恩人ぢやねえか」
「恩にはきるけどね。ほんとに有難いと思つてゐ
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