可能が隠されてゐる。人間は常に無限の数の中から一の行動を起してゆくのであつて、之を説明することには、何等かの点に於て必ず誤魔化しを必要とする。決して説明しきれるものとは思へない。
 それに、この不可解な宿命を負ふた人間の能力では、結局暗示といふこと、即ち感じるといふこと、これが最も深い点に触れ得るのであつて、説明といふことは、もつと下根な香気少き仕業ではないかと考へてゐる。芸術の金科玉条とすべき武器は、即ちこの如何に巧みに暗示するかといふことであつて、読者の感情も理知も、全ての能力を綿密に計算して、斯う書けば斯う感じるにちがひないと算出しながら、震幅の広い描写をしてゆくべきではないかと思ふのである。
 大体、これ/\の性格の人間であるから斯う/\の行動をするといふことはないのであつて、同じ人間に同じ条件を与へておいても、ふとしたハズミで逆の行動をとらないとは言へない。順《したが》つて、我々の小説では、これこれの行動をしたから、彼奴《あいつ》は結局斯ういふ奴であるといふ風に、巻をおへて初めて決定すべきものであらうかと思ふ。
 バルザックやドストエフスキーの小説を読むと、人物々々が実に的確
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