スタンダアルの文体
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)従而《したがつて》
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 私はスタンダアルが好きであるが、特に私に興味のあるのは、彼の文体の方である。
 凡そ人間の性格を眼中に入れなかつた作家といへば、スタンダアルほどその甚しいものはない。人間を性格的に把握しやうとすることが彼の作品に皆無である。
 然し彼には人を性格的に把握する能力が欠けてゐたわけではない。欠けてゐるどころか人並以上に眼光が鋭く性格把握の能力が勝れてゐるのは「バイロン論」を読めば分る。バイロン論と言つたつて、実はバイロンとの交遊録で、バイロンの性格や人物だけを書いてゐる。
 結局彼は、文学の野人であつた。彼には伝統も不要であつた。彼の文学の興味は非常に筋書的な線的な興味で、性格描写なぞにはてんで情熱がわかなかつたのであらう。
 従而《したがつて》彼の小説の人物は固定された性格を全く与へられてはゐないわけだが、事件から事件へ転々と動かされて行くうちに、いはゆる性格なぞといふケチな概念とかけはなれ、実に歴々と特殊な相貌を明らかにする。彼の作中の人物は性格が何物をも限定せず
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