それだけで帰ってしまう。
ヤス子はハッキリと私を見つめて返事をする。それは嘘はつきません、ということではなくて、こゝまではホントです、というように私には見える。そして、そこから先は、私は訊くことができない。
「ヤス子さん、あなたは恋愛したいと思いますか?」
「えゝ」
と、ハッキリ答えるのである。
「どんな人と?」
「一番偉い、立派な方」
「有名な人がお好きですか」
「有名な方は、ともかく才能ある方でしょう。女は有名が好きですわ。すべての方に好かれる人を、自分のものにしたがるのですわ」
「なんだか、あてつけられているようだな」
こういう時には、ヤス子はいつも返事をしない。
「私の心は、浮気です。そして、私の浮気の心を縛りつけてくれる鎖となるような、大きな力が知りたいのです。欲しいのです」
ヤス子の目に浮気の光は見ることができない。然し、誰よりも浮気であるかも知れないことを、私もたしかに信じていた。
ヤス子はダンスホールの喧噪の中でも、いつもと変らぬ自若たる様子である。他に無数の踊り狂い恋い狂う人々があることに、目もくれる様子がなかった。それは、そういうことに無頓着なわけではなく
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