みたぬものであったら、もともと私は下僕です、すて去り、突き放して下さればよろしいのです。あなたへの奉仕と尊敬は、その切なさにも堪えねばならぬと命じるのですよ」
 ヤス子は答えない。
「ためして下さい。私の切なる希《ねが》いをきゝとゞけて下さい。さもないと、死にます。いゝえ、ほんとですとも。この場で、今すぐにも、アッサリと、自殺します。ツラアテではないのです。私は生きているのが面倒なんですよ。私みたいなバカは、いつまで生きてみたって仕方がない。バカながら、自分のバカを感じることは、もう、タクサンという気持ですな。私は今朝、ふッと、考えたのです。一つのチャンスというものだから、この恋がダメなら、これをキッカケに、いっそ、それで死んじまえと思ったのです。そんな覚悟めいたものは、四五年前から、できていました。然し、実行の気持になったのは、今日がはじめてのことなんです。然し、もとより、死ぬことよりは、切なる思いをきゝとゞけていたゞく方が、どれだけ身にしみて有難いか知れません。どうか、私の哀願に許しを与えて下さい」
 ヤス子は再び答えなかった。
 私は胸のポケットへ右手をいれた。ある物を握りしめた
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