感致しておりますのです。然し、恋の病的状態のすぎ去ったあと、肉体だけが残るわけではありますまい。私は恋を思うとき、上高地でみた大正池と穂高の景色を思いだすのでございます。自然があのように静かで爽やかであるように、人の心も静かで爽やかで有り得ない筈はない、人の心に住む恋心とても、あのように澄んだもので有り得ないことはなかろうと、女心の感傷かも知れませぬ、けれども、私の願いなのです。夢なのです。私は現実に夢をもとめてはおりませぬけれども、その夢に似せて行きたいとは思います。私は肉体や、その遊びを軽蔑いたしてはおりませぬ。肉体を弄ぶことも、捨てることも怖れてはおりませぬ。たゞその代償をもとめています。それの代りに、ほかに高まる何かゞ欲しいと思います。女の心は、殿方の心によって高まる以外に仕方がないとも思います。私の心を高めて下さる殿方ならば、私はどなたに身をおまかせ致しても悔いませぬ」
「そうですか。すると、お言葉の意味は、私はつまり、あなたの心を高める男ではないというわけですね」
「いゝえ、今までの浅いおつきあいでは、わかりかねるというだけの意味です」
ヤス子は一きわ顔をひきしめ、私をき
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