ですよ。人間万事、そうこなくっちゃア、失礼ながら、ほかのことではテンデ無策無能ですけど、その方面の御心痛については、いつなりと犬馬の労を致しますとも。これが私どもヤクザの仁義というもので、そこまでクダケテ下さらなくちゃア、人間らしくつきあっている気が致しません。左様然らばは、願い下げです」
 美代子が戻らないものだから、電話で話し合って、大浦博士がこちらへ訪ねてくれることになっている。それで衣子の流し目、あふれたつ色ッポサも一瞬の幻、あとは又、とりつく島もないジロリ婦人に戻ったが、私はそれで満足であった。
 私は然し、大浦博士なる人物は、予想以上の強敵、怪物であることを痛感した。事情をきゝ終り、衣子を慰めて、私と共に病院を辞した博士は、私を酒席に誘った。
 博士の念頭にあることは、衣子や美代子ではなく、もっぱら夏川ヤス子であった。博士の親戚の娘にヤス子の同級生がいるとか、然しそのうえに、博士はヤス子の盲腸を手術しているのであった。
「すると夏川ヤス子夫人は三船君の特別秘書というわけだね」
「御冗談仰言っては困ります。そんなことを申上げては、あの御方は柳眉を逆立てゝ退社あそばすです」

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