のくせ、やっぱり、やくんです。これは本能というヤツで、まったく、なさけない次第です」
ヤス子の表情もその正座も微動もしない。私だって、切りだした以上は、オメズ、オクセズ、めったなことで、あとへは引かない。
「私も然し、たいがいのヤキモチはジッとこらえていられるのです。又、こらえていなければいけない筈のものなんですよ。けれども、大浦先生の場合だけは特別ですよ。先生と私との関係は、今までたゞもう私が犬馬の労をつくすに拘らず、踏みつけられ、利用され、傷けられるのみの関係ですから、ヤキモチ、いや、これはもう、男の意地というものなんです。特に、ヤス子さん、あなたの場合だけは、負けられない。大浦博士が旅行参加を申しでゝこのかた、私は殆ど、寝もやらず、遂に悲愴なる決意をかためた次第なんです。私はあなたを尊敬し、敬愛し、祈りたいほども愛し、あこがれていました。けれども、大浦先生に出鼻をくじかれて、あの先生と私との関係が今までもそういう関係なものですから、その惰性によって、たゞもう、ひそかに、ネチネチと思い屈し、恋いこがれるのみ、悲しい思いをしていたのです。こうして、今、うちあけることができて、私は清々しているのです。左様なわけですから、どうか、お願いです。旅行は不参ということにして下さいませんか。さもなければ、私は胸の切なさに、死なゝければなりません」
ヤス子は黙然と無表情であったが、やがて始めて意志的に笑おうとつとめて、
「私、そんなお言葉を承るには馴れていないものですから、今すぐ私の本心からの御返事ができるかどうか、心もとない気持なのです。そうまで仰有います以上は、旅行に不参と致さなければいけないように思われますから、不参することに致しましょう。お言葉に逆らうことが致しにくいように思われるための御返事なのです。私の本心がそう致したいということとは無関係なことなのです」
ひどく冷静なものである。私もいくらか戸惑いした。次の言葉に窮したという気持であったが、そんなことではいけないと、ムリに機械に油をさすようにして、
「ありがたいシアワセです。おかげで私も安心しましたが、然し、ムリヤリあなたの気持をネジ向けていたゞいた心苦しさには、当惑、むしろ、罪悪、やりきれません。私はまったく御婦人に思いをかけるということは、下僕として仕え、尊敬するというタテマエですから、何かこう、社長めい
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