てお話するのが変テコで、まして、その関係を利用しているようなのが、やりきれないのです。社長なんかと思わずに、きいて下さい。私はあなたを尊敬し、おしたいしている下僕です。もとより私は、一介のヤミ屋、教養とても低い男です。無数に恋もしてきました。私は然しいつも恋に仕え、愛人に仕えることを喜びとしたものです。私は結婚しようの何のと、そんなウソはついたことがありません。私はいつも下僕と遊んで下さい、たゞ遊んで下さいと頼むのです。どうせ私のような者には、はじめから御気に召して下さる御婦人はありませんから、私はいつも、必死にたゞもう頼むのですよ。その代り、お気に召すよう、どのような努力も致します。仰せにしたがい、どのようにもして実を見せます。水火をいといません。どの愛人にも、そうでした。然し、ヤス子さん、地位も学もない私如き者のことですから、私のかかわりあった御婦人も御同様、学も理想も気品もない方々ばかりで、これはひとえに敗戦によるタマモノでしょう、あなたのような高貴な、また識見高い御婦人に近づき得るなどゝは、夢のような思いなのですよ。あなたから見れば、下賤、下素《げす》下郎《げろう》、卑しむべきウジムシに見えるでしょうが、恋に奉仕する私の下僕の心構えというものは、これはともかく、私がとるにも足らぬものながらこの一生を賭けているカケガエのない魂で、これだけが私の生存の意味でもあり、誇りでもあり、私の全部でもあるのです。私があなたにマゴコロこめて奉仕することを許していたゞきたいものです。如何なる仰せにも従います。犬馬の労をつくします。私はあなたの心もからだも、下僕のマゴコロの尊敬をこめて愛し仕えますから、どうか私と遊んで下さい。この願いをきゝいれて下さい」
 ヤス子の顔色は相変らず犯しがたいものがあったが、むしろいくらか、やわらかな翳がさして、
「私は肉体にこだわるものではありません。終戦後、様々な幻滅から、私の考えも変りましたが、然し、理想をすてたわけではありません。肉体の純潔などゝいうことよりも、もっと大切な何かゞある。そういう意味で、私はもはや肉体の純潔などに縛られようとは思わなくなっているのです。然し、肉体を軽々しく扱うつもりはありませず、肉慾的な快楽のみで恋をする気もありませぬ。社長はよく仰有いますね。恋は一時のもの、一時的な病的心理にすぎないのだから、と。それは私も同
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