というものゝ総量のような感覚であった。ほかに思うこともない。私はボンヤリ酒をのんだ。

          ★

 その翌日は忙しい。私は衣子との約をまもって、旅行に不参しなければならないのだが、私は然し、私の行かないことは構わぬけれども、大浦博士とヤス子のことを考えると、我慢ができない。
 私は出社して局長をよび、
「私は明日の旅行には行かないよ。私の行かない方が、みんなの慰安にもなるだろうよ。ところで、大浦博士だがね、こいつを君の力でなんとかゴマカしてくれないかね。この先生はヤス子さんが狙いなのだから、私はヤス子さんにムネを含めて、これも不参ということにしていただくつもりだが、まったく君、この先生にのさばられちゃ、たまったものじゃアないからな。君たちだって、やりきれないだろう」
 そこで局長と相談して、ひとつ大浦博士をこの機会にコラシメのためナブリモノにしてやろう、というわけで、伊豆へつれだしておいてから、実は社長とヤス子さんは、おくれてくる筈、ほかに宿をとっている筈ですがね、慰安旅行の邪魔にならないように、最後の日にチョッとだけ顔をだすようなことを云ってましたぜ、昼はどことかのお嬢さんの行方を探しているそうです、と言ってもらうことにした。
 社にいると大浦博士がやってくる怖れがあるから、ヤス子を誘いだして、
「実は、ヤス子さん、お願いがあるのですが、あすの旅行に欠席してもらいたいのです」
 こう、きりだしておいて、私も意を決し、計略を立てゝきたのであるから、ヤス子を近郊の温泉旅館へ案内して、昼食をたべた。
 こういうことは、ハズミというもので、だいたい色事はそんなものだ。衣子に別れる。すぐその足で別の女を口説きたくなる。これがハズミで、変に度胸のこもった決意がかたまるものである。
 まア落付いて話しましょう。こゝはつまり、鉱泉といったって、実はアイビキ旅館ですがね、これも後学のためですよ、などゝヤス子を案内してきたが、ヤス子は平然たるものであるが、テーブルに向いあってキチンと坐って、いさゝかも油断なく、厳然古武士のような正座である。私は遠慮なくくつろいで、お酒をのんだ。
「さて、先刻の話ですが、この旅行、なぜ欠席していたゞきたいか、実は大浦先生のコンタンが癪にさわるからなんです。もちろん、おわかりのことでしょうが、大浦先生の目的は、失踪者の捜査じゃなくて、ヤス
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