奴めが社長とくる。姉の君の御威光は大したもので、私に対しても、手の裏を返したように、フォックステリヤではなくなった。
美代子は縁談の相手の男、種則という婦人科医者が嫌いだという。然し私の見るところでは、種則が嫌いではなく、嫌いになろうとしているだけだ。彼女が嫌っているのは、この縁談のフンイキなのである。
少女のカンはたしかであるから、この縁談にからまるお家騒動的フンイキをかぎだして胸をいためているのである。
「実は私も、その話では、かねて大浦先生の依頼をうけて、美代子さんの御心労とはアベコベに、なんとかマトメてくれというお話があったんだよ。美代子さんのような可憐な小鳩を敵に廻しちゃ、私も地獄へ落ちなきゃならない。私も心を入れかえて、美代子さんの気持を第一番に尊重して、犬馬の労をつくしましょう」
こうマゴコロをヒレキする。するとチンピラ動物はとたんに喜んで、実は私は、別に好きな人があるのだなどゝ言いだした。こんな文句をまともにきくと、とんでもないことになる。
この病院に岩本という婦人科の医者がいた。まだ三十だが、手術は名手で、患者の評判が甚だよろしい。大酒飲みで、生一本の男であるが、それだけに、粗野で、私同様、ジロリの女に軽蔑毛ぎらいされる男であった。
この岩本が美代子を自分の女房にと衣子にそれとなく申入れていたのだが、商売柄、女のことでは浅からぬ経験があるくせに、持って生れた性格は仕方のないもので、性格だけの手法でしか女の観察ができないためか、衣子に内々嫌われていることに気がつかない。患者の評判がよろしいから、衣子も大切にする。岩本の申込みもていよくあしらい、気をそらさぬように努めているうちに、今度の縁談であるから、岩本が持ち前の強情で、対抗的に談判を開始する。あらたに聟たるべき人物は、婦人科の医者であるから、自分の地位にも関係する問題であった。
この岩本を美代子はかねがね最も嫌っていたのであったが、大浦種則の縁談が起る、そして私が一肌ぬぎましょう、とこうでると、実は私、岩本さんが好きなのよ、と言いだした。これ実に、私という存在に対する無意識の軽蔑の如きものであり、巧まざる嘲弄、もしも私以外の然るべき人物が一肌ぬぎましょう、と持ちかけたら、こんな軽ハズミなことは言わなかったに相違ない。
「おや/\美代子さん、それは本当ですか。そんな言葉を、私がそっくり岩
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