人生探求というタテマエだから、悪徳に対しては一応甚だ寛大で、あるがまゝ全てを一応うけいれて、という心構えであった。編輯などのことでも、啓蒙とか主義主張も、先ず第一に面白く読ませること、それに気がつく女であり、美名とか、たゞ破綻がないという文章などにはだまされない着実なところがある。
 誘えば一しょに酒席にもつらなり、ダンスホールにもつきあってくれる。けれども、私をジロリと見る。それは警戒の意味ではなしに、性格的な対立からくるものであった。そこで私は、この夏川ヤス子も、必ずやモノにしなければならぬと天地神明に誓いをたてた。
 ある日のこと、私がおくれて出社すると、意外にも、衣子の長女美代子が夏川ヤス子と話をしているではないか。
 これが又、小娘ながら、やっぱりジロリの小娘で、何がさてジロリの母からジロリ的観察によって私の内幕を意地悪く吹きこまれているに相違ないから、一人前でもないくせに、てんから私を見くびっている。こういう未成品のジロリは小憎らしいもので、衣子家飼いならしのよく吠えるフォックステリヤ、その程度のチンピラ小動物に心得て、かねて私の敬遠していた存在であった。
「これは、これは、姫君、よくこそ、いらせられた。意外な光臨じゃないか」
 自宅にいると、こんな時には即座にジロリ、つゞいてプイと座を立つところだが、さすがに小娘のことで、やゝ俯向いて、クスリと笑っている。
 このチンピラがなぜ又ヤス子を訪れたかと云えば、これが又、意外きわまるものであった。
 美代子が附属の女学校へあがったころ、ヤス子は大学英文科評判の才媛で、全校の女王のような存在であった。美代子はチンピラ組の女王であったが、かねて大女王にあこがれたあげく、自分も成人して大学英文科にはいり、あのような御方になりたいと思いつのって、ラヴレターのようなものを差上げて、ヤス子にコンコンと諭されて嬉し涙を流すという古いツキアイの由であった。あげくに初志を貫徹して、目下大学英文科御在学であり、小娘の一念、あなどるべからずである。
 戦禍のドサクサ以来音信も絶えていたが、このたび我が身にあまる悩みの種が起って、姉君に相談したいと手をつくして、住所をつきとめ、かくてわが社へ御来臨と相成った次第の由、悩みの種とは、申すまでもなく、例の縁談のことであった。
 さて姉の君を訪れてみれば、こは又意外、かのエゲツなきヤミ屋の
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