目まいのため、逆上の気味で、
「アヽ、いけねえ。ホヽ、助けてくれ。ウム、もっともだ。ホホホ、オレは、悲しい。アヽ、ちょッと、木村、オレの心臓が、アヽ、いけねえ、ワア、倒れる」
 肩幅一メートルの秘書氏がズカズカと歩いて行って、天才詩人氏に横ビンタを五ツ六ツくらわせた。土井片彦のお喋りは、なぐられて、よろけたぐらいで、とまるものじゃない。
「いたいよ。なぐるのは、卑怯じゃないか。オレ、兵隊の時も、なぐられて、まったく、よく、なぐられるよ。痛えな。よせよ。まったく、然し、イノチなんて、オレはアノコにも、やらねえからな。だからさ、イノチなんて、アノコに見せても、カッコウがよくねえし、オレはキリストじゃねえから、元々、イノチなんか、ねえんだもの。だから、オレは、天才なんだ。オレが天才だッてことを、知らねえんだから、オイ、痛いよ、よせよ、もし、ぶたれて、オレの頭が悪くなったら、世界の損失じゃねえかと思うんだ」
 国際親善の大紳士にも、こういう怪漢は、はじめてのツキアイらしく、相当に面くらった御様子である。紳士が失ってはならないものは威厳である。車氏は悠然と、もう、よろし、秘書を制して、
「お前は
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