たゞ一つ。
翌日、彼は土井片彦をよんで、
「一生の願いだ。折入って、たのむ。ワシはこれから、二十万円のカタに、イノチをすてに行くから、立会ってくれ」
「オイ、おどかしちゃ、いけねえや。死なゝくたって、いゝじゃないか。ひでえよ。だいたい、オレは、とても心細くって、椅子にこうして腰かけているのが、精いっぱいなんだもの。立会人なんか、できやしないよ」
「オイ、一生の願いだと云ってるじゃないか。たゞ、見とゞけて、後々の証人になってくれゝば、いゝんだ。そんなことのできるのは、ともかく、詩人の、君だけなんだ。君には、とにかく、芸術家の純一な正義と情熱があるんだ」
「ウーン、そうか。そう云われると、なんだか、やらなきゃ、悪いみたいじゃないか。困っちゃったよ。なんだか、変だな。オレは、然し、戦争のときも、兵隊で、特攻隊はキライだったし、あれは、いかんと思うよ。然し、花田氏が死ぬ、オレじゃア、ねえんだな。花田氏が死ぬ、見とゞけるのが、オレか。ついでにオレが殺されちゃア、つまらねえけど、花田氏死す、それをオレが見ている、面白えのかな。面白くなくちゃ、つまんねえけど、わからなくなっちゃった。じゃア、仕方が
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