ていたんだ。十年前、あの浅草、あの楽屋、君たち知るまいが、舞台裏で、あのジャズが舞台裏じゃ、階段をこう曲りくねって、這いながら、忍びよる、あれをきゝつゝ、あの時から、ワシは、もう、今日、死のう、明日、死のう、と思っていたんだ。あゝ、然し、かゝる大罪を犯し、皆々様を苦しめて、腹を切る。死は易い、然し、罪がせつないんだ。あゝ、ワシは、苦しい」
 ギャーッ・ギュウ/\という声をたてゝ、花田一郎がエビの形となって泣きふした。
 そのとき、カストリ社の扉をあけ、
「ワア、ひでえ。借金とり退治に熊を飼いやがったんじゃ、ねえだろうな。オレだって、原稿料をサイソクする、借金と同じぐれえ、苦しいもんだよ。こっちの気持も、察しやがれ」
 と、ブツブツ云って這入ってきたのは、社長の先生の友達で、文士の赤木三平という男であった。
「やア、赤木か。近う、まいれ。今日は、景気よく、原稿料を払ってつかわす」
 花田が身も世もあらず、吠え狂っている。三平先生、これを横目にジロリと見て、
「かの男は、歯が痛むのか」
「バカな。あれほど苦しむのは、睾丸炎に限るもんじゃ。今日は、いさゝか事の次第があって、彼はこの場に切腹せ
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