ら」
「うそよ。あいつ、私を苦しめるためなら、なんだつてするわ。いやがらせの自殺よ」
「まア、気をしづめなさい」
 私はふりむいて部屋を去つた。私には彼女が喪服を持つてゐたのが不思議であつた。どうして喪服だけ質屋に入れてゐなかつたのか、着る物の何から何まで流してしまつた生活の中で。
 私がそんなことを考へたのも、女の喪服といふものが奇妙に色ッポイからで、特別それを着つゝある最中は甚だもつて悩ましい。さういふ奇怪になまめかしく色つぽいのがポロポロ口惜し涙を流して、あいつ、私を苦しめるために自殺しやがつた、といふ、私もこれには色ッポサの方に当てられたから、さつさと逃げだしてしまつた。まことにお恥しい次第である。
 私はその後いくばくもなく京都へ放浪の旅にでた。一年半、それから東京へ帰つた一夜、庄吉夫人の訪問を受けた。彼女はすさみきつてゐた。彼女はオメカケになつてゐた。オメカケといふよりも売娼婦、それも最もすさみはてた夜鷹、さういふ感じで、私は正視に堪へなかつたのである。その後、実際に、さういふ生活におちたといふやうな噂をきいた。
 庄吉は夢をつくつてゐた人だ。彼の文学が彼の夢であるばかりで
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