、光る目で、ギラリと睨んだ。
「馬鹿が死にました」
 それから抑へてゐたものゝ手をはなして、出てきて、
「医者をよんできて下さい」
 と言つた。
 戸波が中を見ると、梁にシゴキをかけて、庄吉がぶらさがつてゐた。高さが六尺ぐらゐしかない梁だから、小男の庄吉はちやうど爪先で立つてゐるやうに、ほとんど足が床板とスレスレのところで、かすかにゆれてゐた。洟《はな》が二本、長く垂れて目を赤くむいて生きて狂つてゐるやうにギラギラしてゐるのが見えたのである。庄吉の母は、たぶん子供部屋に異様な物音をきゝつけて、すぐ立上つてはいつて行つたものだらう。戸波は庄吉を梁から下して、医者へ走つて行つた。

          ★

 私は電報がきて小田原へ行つたが、私がついてまもなく、その日の新聞で良人の自殺を知つた女房が帰つてきた。彼女は私にちよつと来て下さいと別室へつれて行き、箪笥《たんす》からとりだしたのか、喪服に着かへながら、
「あいつ、私を苦しめるために自殺したのよ」
「そんなことはないさ。人を苦しめるために人間も色んなことをするだらうけど、自殺はしないね。ヒステリーの娘ぢやあるまいし、四十歳の文士だか
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