で、ウヌボレばかり先に立ち徒《いたず》らに力みかへつて精進潔斎、創作三昧、力めば力むほど空疎な駄文、自我から遊離した小手先だけ複雑な細工物ができあがるばかり、苦心のあげくにこしらへものゝ小説ばかりが生まれてくる。
 庄吉は近代作家の鬼の目、即物性、現実的な眼識があるから、もとより這般《しやはん》の真相は感じもし、知つてもゐた。そのくせ時代の通念がその自覚に信念を与へてくれず、自信がなくて、彼は徒らに趣味的な文人墨客的気質の方に偏執し、真実の自我、文学の真相を自信をもつて知り得ない。
 だから金が欲しくてたまらなくとも、通俗雑誌には書かないとか、雑文を書いちやいけないとか、注文をつけてきたからイヤだとか、まことの思ひとウラハラなことを言つて、徒らに空虚に純粋ぶる。
 東都第一流の大新聞から連載小説の依頼を受けて、燃え上るごとくに心が励んだけれども、子供の学校のこと、女房のこと、オフクロの顔を見てたんぢや心が落付かないんだ、下らぬ文人気風の幻影的習性に身を入れて下らなく消耗し、ともかく小田原の待合の一室を借りて日本流行大作家御執筆の体裁だけとゝのへたが、この小説が新聞にのり金がはいるのが四
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