かつたから外に当《あて》もねえから、ともかく小田原で創作三昧没頭して、傑作を書くんだ」
「どうして荷物を運ぶのよ」
「たのめば、こゝで預つてくれるだらう」
「家賃は払つたの」
「原稿も書けなかつたし、前借りがあるから、もう貸してくれねえだらう。小田原へ行きや、ともかく、この部屋でなきやア、書けるんだ。書きさへすりやア部屋代ぐらゐ」
「だつて、今払はなきや、どうなるの。夜逃げなの。荷物があるわよ」
「だからよ。マダムのところへ頼みに行つてきてくれ。事情を言や分つてくれるんだ」
「あなた行つてらつしやい」
「オレはいけねえや」
「だつて親友ぢやないの」
 庄吉が暗然腕をくんで黙りこんでしまふと、さすがに自分も失踪から戻つたばかり、宿六の古傷もいたはつてやりたい気持で、
「ぢやア、行つてくるわ。部屋代ぐらゐ文句言はれたつて構やしないわよ。堂々と出て行きませうよ」
「うん、荷物のことも、たのむ」
 ところがマダムは話をきくと打つて変つて、好機嫌、二つ返事、折かへし挨拶にきて、
「おくにへ御かへりですつてね。お名残おしいわ。御上京の折は忘れず寄つてちやうだい。銀座へんから電話で誘つて下すつても、
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