れる。ちやうど廊下へ一人の男がタオルと石鹸もつて出てくる、この男も例の男の一人で、
「え? 死ぬ?」
「死なゝきや治らないと言ふのよ」
「あゝ、バの字ですか」
「さう」
マダムは頷き
「死なゝきや分らない、か。梶さん、今晩、のみに連れてつてくれない?」
男と肩を並べて行つてしまつた。
数日すぎて女房は戻つた。
何よりも仕事をしてゐないのが、せつないのだ。それがもとで、かういふことにもなる。たゞ仕事あるのみ。だが、どうして仕事ができないのか。女も酒も、夢の夢、幻の幻、何物でもない。
そこで彼は後輩の栗栖按吉に手紙を書いて、当分女房子供と別居して創作に没頭したいから君の下宿に恰好な部屋はないか、至急返事まつ、あいにく部屋がなかつたから、そのむね返事を送ると、もとより庄吉は一時その気になつただけ、女房と別れて一時も暮せる男ではない。按吉から返事がくると、ホッとして、
「オイ、部屋がないつてさ。ぢやア、仕方がねえや。ともかく、こゝにア居たくないから、小田原へ行かうよ。これから新規まき直しだ」
「私は小田原はイヤよ。お母さんと一緒ぢや居られないわ」
「だつて仕方がねえもの。原稿が書けな
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