って、ちょッと調べたいことがあるから、十分ばかり、調べさせてもらいたいと許しをうけて、旧蔵の本をさがすと、十一冊あった。その中に二枚あるもの、三枚のもの、一枚のもの、合計して十八枚の暗号文書が現れた。
矢島はたゞちに飜訳にかゝった。
その飜訳の短い時間のあいだに、矢島は昨日までの一生に流してきた涙の総量よりも、さらに多くの涙を流したように思った。彼のからだはカラになったようであった。なんという、いとしい暗号であったろうか。その暗号の筆者はタカ子ではなかったのだ。死んだ二人の子供、秋夫と和子が取り交している手紙であった。
本にレンラクがないために、残された暗号にもレンラクはなかった。然しそこに語られている子供たちのたのしい生活は彼の胸をかきむしった。
その暗号は夏ごろから始めたらしく、七月以前のものはなかった。
サキニプールヘ行ッテイマス七月十日午後三時
この筆跡は乱暴で大きくて、不そろいで、秋夫の手であった。
イツモノ処ニイマス
という例の一通と同じ意味のものもあった。例の処とは、どこだろうか。たぶん、公園かどこかの、たのしい秘密の場所であったに相違ない。どんなに愉しい
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