事の控えだろうと思いましてね、まさか旧主にめぐり会うと思ったわけではないのですが、マア、なんとなく、いたわってやりたいような感傷を覚えたのですね、そのまゝ元の通り本にはさんでおいてあります。御希望ならば、その控えは明日お届け致しますが」
 矢島は慌てゝ答えた。
「いゝえ、その控えは、その本と一緒でなくては、分らなくなるのです。では、お帰りに同行させていたゞいて本の中から私にとりださせていたゞけませんか」
 そして矢島は承諾を得た。
 各《おのおの》の本に、各の暗号がある。それは、どういう意味だろう。なるほど、彼と神尾の蔵書は、ほゞ共通してはいた。本の番号を定めておいて、一通ごとに本を変えて文通する。それにしても、彼の手にある一通には、本の番号に当る数字は見当らない。あらかじめ、本の順序を定めておいたとすれば、本の番号はいらないワケだが、それにしても、各の本に暗号がはさんであったという意味が分らない。各の本ごとに、暗号を書きしくじる、それも妙だが、それを又、本の中に必ず置き忘れるということが奇妙である。
 謎の解けないまゝ、矢島は本の所有主にみちびかれて、その人の家へ行った。
 ワケがあ
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