たいの火の空が」
火の空をうつしたまゝ、タカ子の目は永遠にとざされ、もしや、今も尚タカ子の目には火の空だけが焼き映されているのではないかと矢島は思った。その哀切にたえがたい思いであった。
真実の火花に目を焼いて倒れるまでの一生の遺恨を思いださせる残酷を敢てしてまで、埋もれた過去の秘密をつきとめることが正義にかなっているかどうか、矢島はひそかにわが胸に問うた。彼の答のきまらぬうちに、タカ子の言葉はつづいた。
「私は臆病だから、恐怖に顛倒して、それからのことはハッキリ覚えがないのよ。三度ぐらいは、たしか往復したはずよ。食糧とフトンと、そんなものを運んだと思っているけど、あの時は、まだ、目が見えていたのだけれどね、目に何を見たか、それが分らなくなっているの。私が最後に見たものは、物ではなくて、音だったのよ。音と同時に閃光が、それが最後よ。ねえ、私はあの晩、子供たちに身支度をさせたの、手をひいて走って、防空壕にかたまって身をすりよせて、そのくせ、私は子供の姿を見ていない。私が最後に見たものは、焼ける空、悪魔の空、ねえ、子供は私をすりぬけて、何か運んで、すれちがっていたはずなのに、私はその姿
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