として、うちの字引が悪いのだ、プチ・ラルッスに載つてゐるのを見たことがあると、決戦を後日に残して、いきまいてゐる。
 後日、このことを思ひ出して、プチ・ラルッスを調べてみたが、ラムネー氏は矢張り登場してゐなかつた。
 フェリシテ・ド・ラムネー氏といふのは載つてゐる。その肖像も載つてゐるが、頭が異常に大きくて、眼光鋭く、悪魔の国へ通じる道を眺めつゞけてゐるやうで、をかしな話だが、小林秀雄によく似てゐる。一七八二年生誕一八五四年永眠の哲学者で、絢爛にして強壮な思索の持主であつたさうだ。然し、ラムネを発見したとは書いてない。
 尤も、この哲学者が、その絢爛にして強壮な思索をラムネの玉にもこめたとすれば、ラムネの玉は益々もつて愛嬌のある品物と言はねばならない。
 全くもつて我々の周囲にあるものは、大概、天然自然のまゝにあるものではないのだ。誰かしら、今ある如く置いた人、発明した人があつたのである。我々は事もなくフグ料理に酔ひ痴れてゐるが、あれが料理として通用するに至るまでの暗黒時代を想像すれば、そこにも一篇の大ドラマがある。幾十百の斯道の殉教者が血に血をついだ作品なのである。
 その人の名は筑
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