くつたが、そのうちドラム缶をもらひ、蛸壺壕をつくつた。日本鋼管のエライ人から貰つたもので、鉄の蓋が工夫よくつくられてあつて頭からスッポリかぶせると、直撃を受けない限り大丈夫、理想的なものだつた。
私は友人縁者から疎開をすゝめられ、家を提供するといふ親切な人も二三あつたが、それを断つて危険の多い東京の、おまけに工場地帯にがんばつてゐた。私は戦争を「見物」したかつたのだ。死んで馬鹿者と云はれても良かつたので、それは私の最後のゼイタクで、いのちの危険を代償に世紀の壮観を見物させて貰ふつもりだつた。言ふまでもなく、決して死に就て悟りをひらいてゐるわけではない私が、否、人一倍死を怖れてゐる私が、それを押しても東京にふみとどまり、戦禍の中心に最後まで逃げのこり、敵が上陸して包囲され、重砲でドカ/\やられ、飛行機にピュー/\機銃をばらまかれて、最後に白旗があがるまで息を殺してどこかにひそんでゐてやらうといふのは、大いに矛盾してゐる。然し、この矛盾は私の生涯の矛盾で、私はいつもかういふ矛盾を生きつゞけてきたのであり、その矛盾を悔む心はなかつた。死ねば仕方がないといふことは考へてゐた。私は兵隊がきらひ
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