。そのとき以来、私は水風呂を断念したのである。尤も毎年夏の間だけはやることにしてゐる。一度慣れると、温浴がむしろ不快になるものである。非常になにか清潔、清純な無自覚にひたるからである。
この訓練は私に自信を与へた。敵が上陸してきて、日本中の家といふ家が吹きとばされて、否応なく野山にまどろむことになつても、観音様の縁の下のルンペンの次ぐらゐには長持ちがするだらうと思つたのである。まつたく、どうも、ひどいものだ。エゴイズムといふものも、こゝまでくると我ながら荘厳にすら感じたほどで、私のやうな怠け者がせつせと防空壕をつくつたのだから、生きたいといふ人の願力は物凄い。
私は然し防空壕について、あまり人々が無関心なので驚いた。私の組の防空群長が隣組のための共同防空壕をつくらせたが、あんまり御座なりなので私は腹を立てた。尤も私の家にはコンクリートの防空壕がある。私は困らないのだが、他の組員は壕を持たないので、第一庭がないところへ、このあたりは一尺掘ると水がでる。コンクリートを使はぬ限り、年中水がたまつてゐて使ひ物にはならないのだ。スコップで掘つてゐるうちに水が湧きだしてくるのだから問題外で、要
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