ものであった。但し脚気の薬をのんだら、たった三日で、もとのペシャンコになってしまった。その時以来、十七貫までふとったが、それ以上にふとったことはなかったのである。
私は十八貫という体重を発見して以来、その一日は、幻想的な思索にしずんだ。これは、まったく、異常である。しかし、どこかに理由がなければならないだろう。
私は温灸《おんきゅう》のせいかも知れないと考えた。この温灸は伊東へついた翌日、尾崎士郎の奥さんが教えてくれたのである。
私が二年前に伊東へ遊びに来たとき、尾崎士郎が妙なお灸をすすめた。
「キミ、頭のテッペンへお灸をやってみないかね。跡なんか、つきやしないよ。ガーゼをしいて、その上へお灸をもすんだ。熱くもなんともないんだ。ホカホカするだけでね。頭の疲れがとれて、よく眠れるんだ」
今にして思えば、それがつまり温灸であった。私はお灸と温灸の区別どころか、お灸そのものすらも、当時は知らなかったのである。
私はさッそく、その翌日から、この温灸を試みた。さる婆さんが、やっているのである。四十前後の二人の中年婦人のお弟子を従えて現れるのである。
私の胃袋のあたりへ、ちょッと手をふ
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