掻き起しつゝ、争い、そして、書きつゞけた小説で、すでに歩行も、喋ることも不可能な時に至っても、尚、精神病院の鉄格子の中でふるえる手で、時には自分にも得体の知れない文字によって書き綴りつゞけた小説なのだ。幻視と幻聴の中で書き綴った小説なのである。
これ以上に健康な小説が、有ろうとも思われぬほど、健全ではないか。私の精神や肉体は異常であったかも知れないが、私の仕事は健全そのものであり、いさゝかも異常なところは見られない。私はたゞ、消耗する体力と闘いながら、一途に人間を追及しただけで、その人間像に異常なところが在るとすれば、それは私が異常なためではなくて、あらゆる人間が本来異常なものであるためだ。
私の精神が異常であるのは、私の作品が健全のせいだ、と言いきれないこともない。私の健康さの全部のものを作品に捧げつくして、その残りカスが私というグウタラな現身《うつしみ》なのだよ、と誇示し得ないこともないのである。諸氏よ、精神異常者の文学だの、意志薄弱の文学などという前に、私の「にっぽん物語」を読んでみたまえ。そして、それから、君の言いたいことを言ってくれたまえ。(なお「にっぽん物語」という題名
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