方が、胸の虚しさも晴れ、むしろ精神の安定を得ることができたであろうと思う。私はしかし、なるべく疲れずに、仕事をすることを考えた。そういう中途半端なものが、芸術の世界で許されるものではなく、私はテキメンに自らの空虚さに自滅したようである。
 千谷さんから呉々《くれぐれ》も云われたように、当時の私はまだ恢復が充分ではなかったところへ、暑気に当てられ、決して多くの催眠薬を服用したとは思わぬうちに、春の病状をくりかえしていた。私は春の七八分の一程度の服用量だからと安心しているうちに、すでに中毒症状に陥ちこんでいたのであった。
 まえに田中英光君が同じ中毒で愛人を刺した事件があったところへ、又、私の中毒再発であるから、ジャーナリズムが呆れたのはムリがない。意志薄弱とか、狂気の文学などと二三の批評を新聞でよんだが、果して、そういうものだろうか、私は抗議も言い訳もしないが、たゞ私の小説を読んで欲しいと言うだけである。
 新潮に連載された「にっぽん物語」を読んでみたまえ。又、これから某誌に連載されるその続稿をよんでくれたまえ。この小説は、私が鬱病(精神病の一種であるが)と闘い、消耗する精神や体力の火を
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