わが思想の息吹
坂口安吾

「青鬼の褌を洗う女」は昨年中の仕事のうちで、私の最も愛着を寄せる作品であるが、発表されたのが、週刊朝日二十五週年記念にあまれた「美と愛」という限定出版の豪華雑誌であったため、殆ど一般の目にふれなかったらしい。私の知友の中でも、これを読んだという人が殆どなかったので、淋しい思いをしたのであった。
 この作品を書いたのは、去年の五月なかばから六月なかばまで、一ヶ月あまりかかり、百十枚ほどの作品なのだが、色々と悪い条件が重なって、珍しく、苦労を重ね、長い時間かかってしまった。病院へ泊りこんで、病人の枕元で書いていたのであるが、ちょうど、そういうさなかの六月六日ふと思いたって、握り飯をぶらさげて、木村塚田将棋名人戦の最終回を見物にでかけた。
 木村名人が名人位を転落するまことに何か最も充実した一つの終滅、人間の臨終よりも慟哭にみちた悲劇をみつめたのであるが、その印象の強烈さは、おのずから「散る日本」を書かずにはいられなかった。「青鬼の褌を洗う女」を終ると同時に、すぐ書きあげたのである。
「青鬼の褌を洗う女」は、特別のモデルというようなものはない。書かれた事実を部分的
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