。
文学に於て、思想というものは、思想の形で在るものではないのである。単純なところでは、作中人物の言葉などより、生きて行く生き方、行動の展開の方が思想なのであるが、その他、複雑な、こまかいところでは、今申し述べたような、何を書き何を書かなかったか、なぜ仮名にしなければならぬか、そんなところにも、作者の思想が、細かく、まんべんなく行き渡っているものだ、ということを理解していただきたい。
作品というものは、私の場合、私の全的なもので、自伝的作品といっても、過去の事実の単純な追想や表現ではないのである。事実の復原をめざして書くなどということは、私のてんから好まざるところ、左様な意味のものならば、私は自伝などは書かぬ。
私が自伝を書くには、書くべき文学的な意味があり、私の思想や生き方と、私の過去との一つの対決が、そこに行われ、意志せられ、念願せられているという、それを理解していただきたい。
その対決のあげくが、どう落付きどう展開することになるか、それを私自身が知らず、ただ、それを行うところから出発する、そういう手段だけが、私の小説の、私に於ける意味なのである。
底本:「坂口安吾全
前へ
次へ
全6ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング