混乱の嵐は吹きまくるが、九州を平定した切支丹は諸国に散在する信徒達に働きかけてその統一を次第にひろげて行くのである。ポルトガルやイスパニヤの商船がマカオやマニラから援軍と武器をもたらして陸続到着するのがその時だ。背後の海に強力な補給をひかへて九州はもう微動もなく、切支丹の勢力は日本全土の統一によつて完成するに至るであらう。それが次兵衛の見込であつた。なつかしいマニラの街が目に見える。海一杯に日本へ走るマニラの商船の帆の雲が見え、あの神父、あの船乗の陽気な顔まで見えるのだつた。走れ。帆よ。彼は夢に叫んでゐた。
彼の睡りに必要な牛小屋や納屋はどこにもあつた。彼は熊の胴皮を着て鳥銃をぶらさげ、あらゆる場所に現れてゐた。呼びかけ、そして、さゝやいてゐた。小さな然し逞しい彼の身体は疲れを知らない弾力性の鞠であつたが、彼の孤独な魂は、然し、時々、わけの分らぬ発作のために悶絶した。何者に向けるか分らない不思議な憎しみが起るのだつた。あらゆる者を憎んでゐた。そして、自らの魂すらも憎しみによつて刺殺した。劇烈な疲れが涯《はて》の知れない遠い厚さで四辺をとつぷり包んでゐた。
彼はレシイナを思ひだし、そ
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