を殺すとは妙な奴だ。つまり、人を殺すという良心――人を殺して自分の生きのびる手段にしようという尋常な良心が、まだ麻痺しないでノルマルに動いていたらしいや。
一時間後には自分がどうなるか分りやしないということが唯一の人生の信条となりきっていた筈のあの最中に、自分の罪を隠すために人を殺すというような平常の心がチャンと時計のように動いているのは異常なことさね、あの場合に於てはまさに驚くべき良心だね。
あの時の大半の人間というものは自分の手で人を殺すことも忘れていたようなものだ。どうせみんな死んじまい、焼けちまい、バラバラになっちまうんだ。我々の理性も感情も躾けもみんな失われ一変して、戦争という大きさのケタの違うデカダンが心や習性の全部にとって代っていたのだ。それに比べると、小平某はあの最中に良心もタシナミも失わず、はるかにデカダンではなかったのさ。あの野郎はフテエ野郎だというのは戦争がすんでからの話さ。
いったん戦争になッちまえば、健全なのは小平君ぐらいのもので、人間は地獄の人たちよりもはるかに無感動、無意志の冷血ムザンな虫になるだけのことだ。おそらくそのとき何が美しいと云ったってサク
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