れてゐた。

 姉が病んで、この町の病院へ来てゐることを知つた。黒色肉腫を病んでゐた。年内に死ぬことを、自分でも知つてゐた。毎日ラヂウムをあててゐた。私の父も肉腫で死んだ。その遺伝を、私は別に怖れなかつた。
 姉は聡明な人だつた。子供のために、よき母であつた。そのために、姉は年老いて、少女の叡智を失はなかつた。姉は私を信じてゐた。それ故、私は、姉に会ふことを欲しなかつた。全て親密さは、風景である私にふさわしくなかつた。それは、苦い刺激を私に残した。私は襤褸であつた。人の親密さを、受けとめるに足る弾力は、私の中に已になかつた。同じ土地に、姉の病むをききながら、見舞に行くことを、毎日見合はせた。彷徨の行きずりに、ときどき、薬品の香が鼻にまつわつた。私は目を閉ぢて、知らぬ顔をした。私はアイスクリームを食べた。匙を、ながく、しやぶつてゐた。
 太陽の黒点を、町の新聞が論じてゐた。
 訪れはせぬつもりで、病院の前へ私は来てゐた。私は往復した。看護婦が私を見てゐた。私は病院へ這入つた。姉は出迎へに走り出た。常人と殆んど変りは見えなかつた。ただ、死ぬことを心に決めた、実に淋しい白さがあつた。田舎から
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