悲痛に、意識した。私は陸《オカ》へ這ひ上つた。私は浜にねた。私は深い睡りにおちた。
その夜、病院へ泊つた。私は姉に会ふことを、さらに甚しく欲しなかつた。なぜなら、実感のない会話を交へねばならなかつたから。そして私は省るに、語るべき真実の一片すら持たぬやうであつた。心に浮ぶものは、すべて強調と強制のつくりものにみえた。私は偶然思ひ出してゐた。彼女に再び逢ふ機会はあるまい、と。それは、意味もなく、あまり唐突なほど、そして私が決して私自身に思ひ込ませることが出来ないほど、やるせない悲しみに私を襲ふのであつた。私は、かやうな遊戯に、この上もなく退屈してゐた。しばらくして、もはや無心に雲を見てゐた。
姉も亦、姉自身の嘘を苦にやんでゐた。姉は見舞客の嘘に悩んで、彼等の先手を打つやうに、姉自身嘘ばかりむしろ騒がしく吐きちらした。それは白い蚊帳だつた。電燈を消して、二人は夜半すぎるまで、出まかせに身の不幸を欺き合つた。一人が真実に触れやうとするとき、一人はあわただしく話題を変へた。同情し合ふフリをした。嘘の感情に泪ながした。くたびれて、睡つた。
朝、姉の起きぬうちに、床をぬけて海へ行つた。
前へ
次へ
全14ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング