たゞの文学
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)然乍《しかしなが》ら
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 歴史文学とはどういふものだか、さて、改めて考へてみたら、僕は今まで、さういふことに就て一向に考へてみたことがなかつたことに気がついた。歴史に取材した小説を書いたことはあつたけれども、その時でも、特に歴史文学といふ特別な意識で多少でも頭を悩した覚えが一向にない。「イノチガケ」を書いて小林秀雄の所へ持つて行つたら、彼は読みかけの「源氏物語」を閉ぢて「君、歴史小説を書くのは面白いかい?」ときいた。僕はまさにその当日までそんなことを考へたためしがないし、面白からうと面白かるまいとどうでもいゝ話のやうな気がしたし「とにかく、気が楽だね」と気のない返事をした。小林秀雄も気のない顔付で、さうか、とも何とも言はなかつた。僕はそれきり歴史文学のことを忘れてしまひ、今日まで、相変らず一度も考へたことがなかつた。先日、現代文学の座談会で高木卓をめぐつて歴史文学の議論百出であつたが、僕は一度も喋ることができなかつた。考へたこともないからだ。
 いつたい、歴史文学といふものに、どういふ文学が対立
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