うな条件や時間をもつてゐたやうですね。
 勿論、そのやうな条件や時間をもつてゐたからつて、そのことがより傑れた芸術を生みださせる条件になる筈はありません。それほど奇天烈なことは、流石に僕も言ひませんから、御安心下さい。だいたい僕は、何か本質にふれるやうな、さういふ大がかりなことを言ふつもりで君に話しかけてゐるのではなく、かげろふの如く軽いことを、軽い気持で言ふつもりであつたことは、先ほども申上げてゐる通りです。
 狂言に、まづ大名が名のりでまして、新座者を抱へたう存ずる、といふので、太郎冠者に申しつけ、街道へ参つて何者ぞよささうな者が通つたら抱へて参れといふ型のきまつたものがいくつかあります。太郎冠者が待つほどに東国方の旅の者が通りかかつて、毎々次のやうに独白します。「罷出《まかりい》でたる者は、東国方の者でござる。この度思ひ立ち、都へ上り、ここかしこをも見物致し、又よささうな所があらば、奉公をも致さうと存ずる。まづ、そろそろと参らう。皆人の仰せらるるは、若い時に旅をせねば、老いて物語が無いと仰せらるるにより、俄に思ひ立つてござる」このあとはいつも話がきまつてゐて、大名にお目見得致しま
前へ 次へ
全17ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング