すが、時にひどく僕の身に近いものに思はれたり、又時にこの人だけはてんで想像もできにくいほど独特な、かけ離れたところにゐる人に思はれたり、することはあつたのです。
 僕はちかごろ、論証的に物事を辿ることが、なぜか不本意でたまらないものですから、もつと低い日常生活の形体の上から、とりとめもなく話をひきだしてくることにしませう。
 小説を理解するには作者の人となりを先づ理解してかからねばならない――もしさういふ説があるとしたら、これはすこし可笑しいやうですね。なぜつて、小説は理解されて然るべきものであるよりも、作者としては愛読がまづ望ましいことなのですし、僕の場合にしてからが、僕の小説を理解してもらうために、僕の伝記や性質調査書のやうなものを別に書き残す必要があるとは考へることができにくいからです。
 作品の鑑賞に先立つて作者に就いての理解が必要な作品を、僕は書きたいと思ひません。紫式部に就いて、その詳細な伝記が新らたに発見せられたところで、源氏物語の芸術価値が高まらうとは思はれませんし、あるひはまた、あの物語が、竹取物語や浜松中納言物語などのやうに作者不明であつたにしても、その価値が減じや
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