私の視線は彼の視線を追ふて、私のお友達の伊太利の大使を見出しました。ですから私はすぐさま彼等のところへ歩みよりました。
――メヂシ侯爵ではございませんか。マルセル・プルウストを御紹介申します。
プルウストの顔は明るくなりました。
――私はまた、あなたが夫人を誤解してゐらつしやる、でなければ、夫人を誰か他の人と間違へてゐらつしやる、と思つたのです。……私はあなたとお近づきになれて、とても嬉しいんです。私はとても伊太利が好きでしてね。ことにフローレンスにはあこがれてゐるのですが――未だに行つてみたことはないのです……
私達は自分の卓へ戻りました。
――夫人。私はまつたく馬鹿でしたよ。前もつて一度御相談して、それから、喧嘩なら喧嘩をすべきでしたね。こんな馬鹿な振舞ひをあなたは許して下さるでせうか。ああ。私は実に不幸者だ!」
菱山君。察するに、プルウストの御婦人とのお近づきぶりは、君にちよつと勇み肌をつけたすと、ほぼ同じ恰好になるらしいですね。これは冗談。失礼。
僕はプルウストの発想法や、現実の切り取り方や、それを小説へ構成する仕方、さういふものを考へてみたことはなかつたので
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