まに、そらにいかでか覚え語らむ。いみじく心もとなきままに、等身の薬師仏を作りて、手洗ひなどして、ひとまに密《ひそか》に入りつつ、京に疾くのぼせ給ひて、物語の多く侍ふなる、あるかぎり見せ給へと、身を捨てて額《ぬか》をつきいのり申すほどに、十三になる年のぼらむとて、九月三日門出して――
このやうな少女達は、いつも君の友達でしたね。さういへば、この雑誌に、君がたうとうプルウストを書きだしたのを読みました。たうとう……思へば十年このかた、君と会へば、プルウストのでないことはなかつたのだから。「失はれし時をもとめて」をどうして書く気になつたのだらう……君がそこから語りはじめてゐるのを、僕は自分の思ひのやうな親しさで読み、やがて自分の思ひの中へ落ちてゐました。
マリイ・シェイケビッチ夫人のプルウストに就いてのクロッキによりますと、病弱の彼も然し却々《なかなか》の勇み肌で、あるとき夫人をさらふやうにしてシロといふ料理店へ連れ込みました。以下、夫人の筆をかりませう。
「ある冬の朝。大戦中のことです。プルウストは立ち現れると言ひはじめました。
――今夜はあなたを浚《さら》つてゆきますよ。おいやなら
前へ
次へ
全17ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング