んぢやないかなと言ひだした。とにかく作家はたとひ狂つても小説だけ狂はなければ、狂つてゐないと言はなければならないだらう。ある意味で、狂はなければ、小説は書けない。
三
宇野さんの家へ行くと、例の格子窓から河向うの女のやうに女中が首をだして引込んだ。宇野さんは全身に白なまずができてゐる様子であつた。私の顔を見るやいなや、いきなり「実はね、ゆうべ電話をかけてからたいへん後悔したのですよ。牧野信一の自殺に就てあなたの感想をききたいと思つたのですが、然し電話をかけてから、急にしまつたと思つたのですよ。きいてはいけないと思つたのですな。この前に芥川の自殺のことを書かうとしたことがあるのですが、事実を知りすぎるために書くと死んでしまふですな。あなたもその傾向があるでせうが、どうもなんですな、私は事実を知らない方が却つて生き生きと書けるですな。それであなたの話を伺はない方がいいのではないかと、実はゆうべからたいへん迷ひだして……」
明らかに私の話をききたくない様子であつた。だいいち私を室内へ上げたくないと見え、玄関の上り框《かまち》へ座蒲団をもつてきた。その座蒲団へ腰をおろさ
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