ある。そこで私はかねがねむつつり酒をのむ習慣のおでん屋へとびこみ、そこの女将をつかまへて出鱈目な旅行談を喋りつづけたことがある。私の方が面白くないのはかねて予定のことであつたが、先方も面白くないらしく、相槌打つのに当惑してゐた。それ以来、意識的なお喋りをしたことはなかつた。
 私は宇野さんが一言喋つたら十言喋り返してやらうと決意した。元来大概の用は手紙ですむ。会談を極度に避け、万事手紙で弁じようとする精神は、宇野浩二の誕生によつて完成したやうなものであるのに、わざ/\会見を申込んでくることが妖怪じみた不気味さである。私は用談ありの電話を受けると、それだけでもう圧倒されたやうなものであるから、一大決意を胸にかためて堂々と乗りこまないことには気持の収まりがつかないやうな状態でもあつた。
 この前宇野さんに会つたのは私の出版記念会の席だつた。私と宇野さんはあいにく隣合せに並ぶ宿命となり、宇野さんは芥川龍之介の自殺のことを喋りとほしに喋りまくつた。自殺の原因が十ばかり心当りがあるといふのである。偏執の形で、不気味であつた。この時やつぱり宇野さんと話を交した河上徹太郎が、どうも宇野さんは又狂つた
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