らなかつた。そこであれかれと考へてみたが、方法はたつた一つしかない。先方に喋る隙を与へず、いきなりこつちで喋りまくつてしまふのである。
 借金にでむく初心者はとかく一人相撲にいらざることをペラ/\喋りまくつてしまふらしい。刻下の形勢に縁遠い昔の話に偏執したり、先方に諾否の返答をする隙がないほどせきこんでゐたりする。あんまり口数をきかずに借金の口上が言へる人はややその道の大家であらう。私はまだ初心者の域をでない。従而《したがつて》泡をくつて喋ることには案外馴れてゐるのである。いづれ近いうちには、貸す方がすつかり慌ててしまふほど落付払つて殆ど喋らずに金を借りてみようと考へてゐる。
 とある黄昏のことであつたが、小金を握つて賑やかな通りを歩いてゐると、悟りをひらいたことがあつた。芸術家としては唖のやうに寡黙であつても一面社会人として生きるからには大いにお世辞も言はねばならぬ。むしろ大いに幇間《ほうかん》的である方がいい。人と会つてゐる時間といふのはすでに浪費しつつある時間であるから、滑稽なことを喋りまくつて人を娯しませてももと/\損はしてゐない。犠牲的精神を感じて気をよくすることもできるので
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