かいており、その横に弁吉がチョコンと坐って、ニヤリニヤリしている。
 お魚女史は、
「あらア、コンバンハア」
 と云って、目をまるくしたが、二人の曲者が凹井狭介に般若有効という文士で、私の友人だと云って紹介すると、にわかに懐しがって、
「あらア、愛読してますわア。あらア、あの新聞の小説ねエ。あれ、いゝですわア。お上手ネエ」
 凹井も般若も、新聞なんかに書いてやしない。デタラメなのだ。お魚女史は純文学などはロクに知らないから、凹井や般若の名前など知ってる筈がないのである。けれども、平然たるもので、
「先生方にお目にかゝれるなんて、私、光栄の至りですわア。でも、あらア、サスガだなア。サスガですわア。御立派ですわア。こちら、ふとってらッしゃるわねエ。こちら、お高くッて、まア、ホントにねエ。あの、失礼ですけど、こちら、何キロ、二十二三貫でしょう。アラ、そうですのウ、こちら、何メートル、ハア、あら、そう、まア」
 お魚女史は文学の話にこだわるとシッポがでるから、すばやく目方だの身長などへゴマカシたのだが、凹井と般若はそうとは知らず、美人におだてられて、凹井は相好《そうごう》をくずし、般若は沈々と憂いを深めて、思い思いに気を良くしている。弁吉だけは、ツキアイの深いせいで、女史の気質をのみこんでいるから、真相を見破ってニヤリニヤリたのしんでいる。
「龍代さんは知らねえのかな。凹井先生はねーエ。「キチガイ野球」ッて雑誌があるだろう。あそこの編輯長なんだア」
 お魚女史はドキンとした様子である。何やら目から閃光を発して弁吉を睨みつけたようだが、弁吉は知らぬ顔、悠々たるものである。
「凹井先生は知ってるだろう。ホラネ。ダアク・キャットのピッチャーの二股長半ねーエ。あの子がねーエ」
「おだまり、チンピラ!」
 叫んだところで、ムダである。
「アハハ。あの子がねーエ。この人のラヴさんなんだってさア。アハハア。するとネ。この人がネ。六十三のオジイサンのオメカケになっちゃったんだア。だもんでねーエ。二股長半が怒ってネ。酔っ払ってネ。この人をブッちゃったもんでネ。この人がネ。かねて見覚えた要領でさ。スリコギを握ッてネ。こう構えて、エイッとネ。そいつがコントロールが良すぎたんだなア。二股長半のヒジに命中しちゃッたんだよ。だもんでさア。去年の暮から二股長半がプレートをふまねえやア。アハハア」
「エ? ナニ、ナニ? ワッハッハッア。ウーム、これは」
 こういうゴシップときては目のない凹井狭介である。この男には友人の文士どもが泣かされているのである。自分でゴシップをつくりだすという主犯の役目はやらないのだが、ひとたびゴシップがこの男の耳にふれたが最後、二日のあとには津々浦々に伝わっている。毎日三十枚のハガキを速達でだしている。それがみんな愚にもつかないゴシップを書いたハガキで、当人はただもう、それを人に知らせるのが楽しくてたまらないのである。十六の倅《せがれ》があって、十五の娘がある男の仕業とは、とうてい信じられないフルマイであるが、ゴシップとくると、タシナミも恋も忘れて一膝のりださずにはいられないという奇怪な男で、このときも、忽ちとりのぼせて、喜悦のあまり肩をワナワナふるわせながら、膝をのりだしてきたのである。
 すると、テーブルがグイグイッと動いて、彼の胃袋のあたりへドシンと突き当った。
「アラ、ゴメンあそばせ」
 と、お魚女史は事務的に呟いたゞけであった。彼女は弁吉の話の途中から、多忙をきわめていたのである。どういう目的だか判らないが、テーブルの上のものを、せッせと下へ降していた。口惜しまぎれに、酒をのませないコンタンかな、と私も呆気にとられていたが、凹井がゲタゲタ喜悦の笑いを吹きあげて一膝のりいれると、折から酒肴の取り払われたテーブルをチョイとひいて、ドシンと凹井の胃袋にぶつけたのである。
「お痛くありませんでしたことウ」
 などゝ鼻唄みたいに呟きながら、尚もせッせとワキメもふらず、今度はテーブルをふいていた。
「ワッハッハ。そうですか。ケッケッケッ。二股のヒジはアナタにぶんなぐられたんですか。キャッ、キャッ、キャッ。ギューッ」
 再びテーブルが先刻以上の快速力で凹井の胃袋に突き当っていた。凹井は胃袋を押えて、もう一度、
「ギューッ、グッ」
 と呻いて、どうやら他人の気持というものが意識にのぼったらしく、てれかくしに笑いながら、いかにもミレンがましく沈黙した。
 お魚女史は嵐の中を何やら大きなフロシキ包みをブラ下げてきたのである。凹井の沈黙を見とゞけると、
「アラ、ごめんなさいネエ」
 とニヤリと笑って、フロシキ包みの中から、ピースの箱を三つとりだしてきて、テーブルの上へならべた。
「先生方、これ、御存知ィ。今度はじめた内職なのよウ。弁吉はお金がないから、
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