ダメよウ。でも、よかったわア。坂口先生お一人じゃアなんだか、悪いようだものウ。凹井先生と般若先生が居合して下さるなんて、素敵ねえ。先生方は、お金持ちでしょう。裏口営業の常連なのよウ。御存知だわねエ、こんなことオ」
三ツ並べたピースの箱を裏がえしにして見せた。まんなかの一ツの箱の中央がむしりとられている。ちかごろマーケットなどで流行しているトバクである。
「アラ、奥様ア、すみませんですウ。先生の紙入れ、持ってきて下さいませんことウ。ほんとに、すみませんわ。私、貧乏なんですもの、つらいですわア。あらア、ほんとに、まことに、恐れ入りましたわ。奥様もハッて下さいね。だって、奥様ア、私、ほんとに、つらいんですわ。ねえ、先生方、一回、お一人、五百円の賭け金よ。いゝですかアやりますよウ」
私の女房が、これ又、トンチンカンではオクレをとらないタチの女で、バカらしいことは、忽ち相好をくずして、一役買ってしまうのである。イソイソと紙入れをひらいて、五百円の束をつくって、
「あらア、もういゝの。えーと、コレダ」
「アラ、まだヨッ。キャーッ。ワーッ。まだ、まだ、キャーッ」
二人の女は忽ち目の色が変っているが、さすがに先生方は札束をおだしにならない。女房はフと気がついて、ノボセ気味にイソイソとお札を数えて束にして、
「ハイ、凹井さん、ハイ、般若さん、ハイ、弁吉さん」
損をするのは、私ばかりじゃないか。弁吉は札束を握ると、膝をのりだして、
「よウし。ボクが、もうけてやるよねえ。ハハハア」
「インチキはいけないよ」
お魚女史は凄い一睨みを弁吉にくれて、それから、とたんにニッコリと、片手に二ツ、片手に一つ、ピースの箱をとりあげた。
「コレ、ワカル。ヨク、ワカルネ。ヒトツ、アナ、アルヨ。ヨク、ミル。ワカルネ」
ヒラヒラと手先を廻し、テーブルへ置き並べ、置きかえる。
「オカネ、ダス。アナ、アル、アタルネ。オカネ、アゲル。コレ、アナ、アル。アナ、ナイネ」
一同、同じ一つへ、はった。女史がその箱をひッくりかえす。アナがない。女史はサッサと札束をつかんで、帯の間にはさんだ。
「ふウむ」
弁吉が、怪しそうに残る二ツの箱をにらんでいたが、手をのばして、一ツずつ、ひっくりかえした。私も怪しいと思ったのである。然し、一ツ、アナのある箱がタシカにあった。
お魚女史は軽蔑しきって、弁吉の手を押しのけて、箱をつかみあげて、サッサとそれもフトコロへ入れてしまった。
女史はテーブルを取り去った。それから、フロシキ包みをといて、リンゴをつきさした竹の棒と、まるい紙をとりだしてきた。デンスケである。組立てができると、碁盤をひきだしてきて、腰を下して、
「デンスケですよウ。いゝですかア。奥様、今度は、シッカリねエ。廻しますよウ」
クルクル廻りだす。女史はサッと身構えて、紅潮し大口をあいたと思うと、
「張った、張ったア、さア、張ったア。張って悪いはオヤジの頭ア。張らなきゃ食えないチョーチン屋ア」
とんでもない大声をはりあげる。外は嵐だから、いゝようなものゝ、はずかしくて、とても聞いていられない。私はねむくなったので、先にひきあげて、ねむってしまった。
私の家にはフトンが二人ぶんしかないのである。夏なら何人でもお泊めできるが、春さきの嵐の日では、一人だけしか泊れない。御三方の帰る電車は、もう、なくなっていた。そのころは、節電のため、終電が早やかったのである。
お魚女史は我が意を得たりと御三方を防空壕へ案内し、夜の明けるまで、デンスケと三つのピースの箱をやった。御三方は、スッテンテンにやられたのである。困ったことには、女房の奴まで喜び勇んで、ついて行って、私の紙入れをカラにしてきた。
その日以来、凹井狭介先生が足繁く私を訪問するようになった。理由は申すまでもなくお判りであろう。
弁吉がアゴをなでゝ、
「アハハハ。四十の恋も、案外、つつましいもんだねエ。ハハハア」
などゝニヤリニヤリしているが、その本人も、同じ程度の心境であろう。
成行の程は判らないが、どうせバカゲタ結末にきまっている。
底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「八雲 第三巻第八号」八雲書店
1948(昭和23)年8月1日発行
初出:「八雲 第三巻第八号」八雲書店
1948(昭和23)年8月1日発行
入力:tatsuki
校正:砂場清隆
2008年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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