朝、少女は東京へ帰った。母が停車場へ送って行った。私は目覚めていたが、睡ったふりをしていた。こういうお別れの無意味な相手をすることは一層面倒であったからだ。子供は私にさよならの言えないことが苦痛の様子で出発をためらっていたが、それは自分の苦しさよりも、私の苦しさを和らげ、母や私を安心させてやりたいためのように見受けられた。然し母に急《せ》かされて足りない気持をもてあましながら立ち去って行く気配が分った。
 家を出かけて暫くすると、然し少女は私の睡っている窓の下へ音を殺した駈歩で戻ってきた。小声でさよならと言った。暫く佇んでいたが、一言の答えはなくとも、やがて元気よく駈け去った。私は尚も綿屑のように答えを忘れ睡ったふりをしていたのだ。子供の感傷に絡み合う自らの虚しい感傷が、なんとしてもひたすら面倒くさいものに思われていたから。
 私は子供のことなんかそれっきり考えてもみない。女も全く考えていない。それからの数日、私達は一向語り合うこともなく、ただなんとなく茫然と暮していたが、決して正当に通じ合うことはあるまい二人の男女の心に、ある懐しい悲しさが通い、そして二人は安らかであったと述べても、
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