れてゐるものがある。先づ思へ。嫌はれながら、共に住むことが自然だらうか。愛なくして、共に住むことが自然だらうか。
 私はむかし友達のオデン屋のオヤヂを誘つてとある酒場で酒をのんでゐた。酒場の女給がある作家の悪口を言つた。オデン屋のオヤヂは文学青年でその作家とは個人的に親しくその愛顧に対して恩義を感じてゐた。それで怒つて突然立上つて女を殴り大騒ぎをやらかしたことがある。義理人情といふものは大概この程度に不自然なものだ。殴つた当人は当然だと思ひ、正しいことをしたと思つて自慢にしてゐるのだから始末が悪い。彼が恩義を感じてゐることは彼の個人的なことであり、決して一般的な真実ではない。その特殊なつながりをもたない女が何を言つても、彼の特殊な立場とは本来交渉のないことだ。私は復讐の心情は多くの場合、このオデン屋のオヤヂの場合のやうに、どこか車の心棒が外れてゐるのだと思ふ。大概は当人自体の何か大事な心棒を歪めたり、外したまゝで気づかなかつたりして、自分の手落の感情の処理まで復讐の情熱に転嫁して甘へてゐるのではないかと思ふ。
 まもなく私と女は東京にゐられなくなつた。女の良人が刃物をふり廻しはじめたの
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