た。私はまつたく落伍者であつた。私は然し落伍者の運命を甘受してゐた。人はどうせ思ひ通りには生きられない。桃山城で苛々《いらいら》してゐる秀吉と、アパートの一室で朦朧としてゐる私とその精神の高低安危にさしたる相違はないので、外形がいくらか違ふといふだけだ。たゞ私が憂へる最大のことは、ともかく秀吉は力いつぱいの仕事をしてをり、落伍者といふ萎縮のために私の力がゆがめられたり伸びる力を失つたりしないかといふことだつた。
思へば私は少年時代から落伍者が好きであつた。私はいくらかフランス語が読めるやうになると長島|萃《あつむ》といふ男と毎週一回会合して、ルノルマンの「落伍者《ラテ》」といふ戯曲を読んだ。(もつともこの戯曲は退屈だつたが)私は然しもつと少年時代からポオやボードレエルや啄木などを文学ど同時に落伍者として愛してをり、モリエールやヴォルテールやボンマルシェを熱愛したのも人生の底流に不動の岩盤を露呈してゐる虚無に対する熱愛に外ならなかつた。然しながら私の落伍者への偏向は更にもつとさかのぼる。私は新潟中学といふところを三年生の夏に追ひだされたのだが、そのとき、学校の机の蓋の裏側に、余は偉大な
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